二月の中から
雪のないまま大寒が過ぎ、虫が這いだすという啓蟄(けいつち)も間近かです。雪国にとってありがたいのですが、これでいいのかと不安にもなります。
食料の外国依存
中国製ギョウザ騒ぎで、わが国の食料依存度の高さに気づかされました。いまや日本の食料自給率は、米を中心に4割弱、残りは輸入に頼っています。野菜、穀類の大半は外国産。テレビで国内産と輸入品だけの食膳費用を比べていましたが、後者は半額でした。
安全への消費者意識も進み「不安があっても安いもの」より「地産地消」へと自己防衛しても、食堂をはじめ街にあふれる加工食品は、まさに輸入品づくめなのです。
米の減反方針で、放置された休耕田が目立ってきました。今年度から新農政による足腰のつよい農業への展開が期待されていますが、政局の混沌で先が見えません。
農業は国土の保全、環境問題と深くかかわるだけでなく、現状で食料に一旦危急があれば、国の存亡につながることは今回の騒動ではっきり見えてきました。
道路特定財源
この問題はいろいろと論じられています。私はシンプルに堅持すべきと思っています。ものの中心には人が集まり、カネ、モノも集まり、住みやすくなっていきます。そうして東京ができ、富山ができました。
いま、富山市は鉄軌道(串)を軸にしたコンパクトなまち(団子)づくりを進めています。団子に人が移住すれば、山の村や田畑も森も廃(すた)れます。
クルマ社会の功罪はあっても、いま山村と町のいのちをつなぎあえるのは、クルマが通れる道路の存在ぬきでは考えられません。毛細血管をダメにしてしまえば、体の末端は壊死(えし)します。心臓部中心ではなく、体全体のバランスを考えるべきです。
過疎の問題
中心と周辺の議論を私は、議会で何回もとりあげてきました。私はかねがね中心があってこそ周辺が保たれることを指摘しています。それ故、富山市が中心部に居住を集めて都市の再生にかけることは、間違いではありません。
友人の勧めで、富山の中心商店街・中央通りをつぶさに見ることができました。大和デパートの総曲輪開店以来、中央通りのシャッター街化が加速しているようです。歩く機会がないので、衰退ぶりに驚きました。すでに中心部のなかで過疎が始まっていたのです。
中心の求心力をたかめる努力は、中心の内部だけでなく、周辺部にはもっと深刻な事態を引起しています。人口減に加えて高齢化が背景にあり、目減りするパイの取り合いは、どこかに力を入れれば、どこかに不都合がでてくることは自明なことです。
中心も大事、周辺も大事という私の主張は矛盾しています。が、中央と地方、中心と周辺、過疎化をふくめて、この難問題に知恵をしぼるのが政治の使命だと心得ています。
投稿者 管理者 : 2008年02月18日 09:25