運河の水辺空間とLRTを活かしたまちづくりに取り組む富山市議会議員・松本弘行のWEBサイト

秋深まる

fr_002_s.jpg 今夏の猛暑が影響したのか、紅葉が10日ほど遅れているようです。
 日本人にとって春の桜と同様、秋のもみじには特別の思い入れがあるようです。中でも沿線の新緑と紅葉が魅力の高山本線が復旧したことは、観光だけでなく飛越の交流シンボルの復活として歓迎されるできごとです。

飛騨との結びつき

 高山を中心とする飛騨地方に、富山経由で米、塩、魚など食料品を供給していたことは、かってのブリ街道や飛騨ブリの名で容易に窺われます。それほど両地域は経済的に深いつながりがあります。
 いまから73年前(昭和9)に開通した高山本線は、本州を縦につなぐ重要幹線鉄道とみられ、とくに太平洋側の中京圏との結びつきは、工業立県の飛躍に欠かせぬものでした。

日満産業大博覧会

0203.jpg かっての富山市にとって神通川廃川地は、富山駅と中心部を分断して横たわるので悩みの種でした。富岩運河の掘削土で埋め立て、県庁・市役所を移転して近代都市に生まれ変わったことはよく知られています。
 運河周辺の一大工業地帯化と中心部の区画整理完了にあわせ、高山本線開通を記念して博覧会が開催(昭11)されたことは、いまや県民の記憶からうすれつつあるようです。会期中、入場者が県人口を上回る90万人以上と言われますから、飛騨地方も巻き込んだ当時の対岸貿易への期待がうかがえます。

運命共同体

 こうして見ますと古川を中心にした飛騨市とは、地勢的にも神通川でつながった一体的なものですし、経済的にも国道41号のスーパーや回転ずしの駐車場に飛騨ナンバーの車を見ない日はないといいます。
 世界的に注目されるスーパーカミオカンデは、地下の一部は富山市ですから共有物かもしれません。行政区は別として、いまや飛騨市は運命共同体と見てもいいようです。

飛越の交流

 高山本線復旧を記念して、様ざまな催しがされていますが、両市の市長がパネラーで参加する討論会がありました。これからの時代の流れの中で、鉄道のもつ役割りや交流のあり方、新幹線後の飛越の展望が議論され、両地域のさらなる連携が語られました。
 山間地の飛騨市の人口減は深刻で、猪谷駅始発の神岡鉄道を再興し、客を奥飛騨温泉郷に誘致して富山市の奥座敷化に期待をかけているようです。富山市も高山本線の活性化を試みて増発の実験中です。時代に先駆けるまちづくりですが、多くの難問もかかえています。

交流を通して

img4734fcaee080c.jpg 行政は、富山・南砺・飛騨の3市共同で国際交流を図り、韓国ソウルに2回目の芸能団を送って韓国の観光客誘致に実績をあげています。
 議会では、まず人の交流からと、飛騨市議会と交互に訪問をしあって今年3年目を迎え、復旧後にはお祝いも兼ねて、電車で20余名が飛騨市議会を訪ね意見交換をしました。
 富山商工会議所も、ぶり・ノーベル出世街道まつりや北アルプス周辺の商工会と交流会を開き、飛越の人脈づくりに力を入れています。
 これらの流れをみますと、明らかに来年夏に開通する東海北陸高速道の影響があります。完成を機に西高東低傾向になるという危機感を背景に、交流を活発化し、高速道なみの富山・高山高規格道路の建設世論を高めるという命題にとり組まなければなりません。

投稿者 松本弘行 : 2007年11月20日 15:20