新しい授業のとり組み
前安倍内閣は、半世紀にわたる戦後の教育に対して、根本からの見直しに着手しました。
志なかばでしたが、これからは教育全般に変化が現れると思います。教師の資質向上や子どもの学力アップなど教育問題が連日のようにマスコミで報じられています。
地元の小学校では「聴き合い、学び合う授業を」をテーマにした公開研究会(第44回)があり、勉強会の一環として議員6名で参加しました。議員の参観は初めてだそうです。
静かな授業
佐藤学東大教授の指導のもとに3年目になりますが、どの教室も昨年より一段と和みを感じました。
先生とは、威厳をもって、信じる教育方法で子どもたちを黒板に集中させる、という教室イメージを持っている私たちには拍子抜けするものです。
子どもの発言もハイハイと大声を上げないし、発表も言葉をカミしげながらあせらない。先生は中腰で子どもの目線にあわせ、発言の要点だけ番書している。先生の指当ても、できる子中心でなく、理解していない子の発言に向けられます。
新しい方向に
この「聴き合う」ことは、先生にかなりの忍耐が強いられます。まどろっこしさを感じる子もいるかも知れません。それは巧みに、ペアやグループ学習で補っているようです。
先生がすべての子どもの発言を大事にして、そこから共に考えていこうという根気のいる姿勢は、とかく密室の独りよがりと見られがちな先生イメージを変えるものです。
研究紀要によれば、授業を定期的に校内で公開し、先生同士の自由な討論で自己研修を重ねているとのこと。いま問題になっている教師資格審査は、このような日常活動がおろそかになっていることを窺わせます。先生は資格を取ってしまえば、生涯他からきびしい評価を受けないでおれる存在ではないのです。 (写真 運河の公開授業を聴く佐藤教授)
運河をテーマに
4学年の社会科の若い先生は、地元の「富岩運河」を教材にとりあげていました。身近な分野だけに参加議員の関心を集め、成果は別として、その意欲は好評でした。
子どもたちには、運河建設の目的や経過がやや難しかったようです。昨年とりあげた夢のある「ライトレール」と違い、先生も授業のイメージづくりに戸惑っておられました。が、しかたがないと思います。私も運河の存在と活用について、永年にわたり議会から富山市の大人たちにむかって訴え続けていても、いまだ道なかばなのですから。
私の感想
義務教育の目標は平たく言えば、まっとうな人として社会生活ができる基本づくりであろうと考えています。親にしてみれば、進学に必要な学力に早くから関心が向きがちです。しかし、社会にでて必要な創意とか積極性、協調性、公徳心など全人的なものは、初等教育のなかでみっちり習得されなければなりません。
今回の授業で、あえてキーワードを探れば「支えあい」といえそうです。先生も子どもも互いに支えあえば、例えスローであっても、確実に教育の底上げにつながるものです。
投稿者 松本弘行 : 2007年10月11日 22:07