運河の水辺空間とLRTを活かしたまちづくりに取り組む富山市議会議員・松本弘行のWEBサイト

スーパーが消えると

都市は勿論のこと、それを構成する地域や町もそれぞれに中心を持っています。中心とは、かっては小学校であり、近くに役所の出先と農協、交番などができて、商店が自然に集まるのが定番でした。私の住む奥田校区もそうでしたが、大正年間に公立の薬学専門学校が設置され、終戦後は大学になり、統合後の跡地を約40年前に住宅地として再開発されました。

建設当時

富山市は、約3万坪の敷地を北部の新たな拠点と考え、中心部と港を結ぶ幹線道路沿いに商店街つきの約200戸の住宅団地(左写真 奥田ビル通称げたばき団地)を造りました。背後地は環境もよく、高級住宅街として評判になりました。当時としては画期的なものであり、入居者も殺到し、各地からの視察であふれたものです。

40年過ぎれば

奥田ビル商店街は、スーパーを核にして、雑貨店、薬店などほぼ全業種が揃い、上の居住者はげたばきのままで買い物ができました。名実ともにこの商店街が、地域商業の中心を担いました。しかし40年の歳月は、クルマ社会到来でお客意識も、すべてが揃う郊外の大型ショッピングセンターに移っていきます。

シャッター街化

昨年のライトレール開業時から、スーパーや雑貨店、菓子店の撤退が相つぎ、一挙にシャッター街化を印象づけました。なかでも、スーパーと雑貨店のない商店街は、集客力を失い、人影もまばらな異様な光景に、周囲の人たちは大きなショックを受けました。

「安心な生活の場とは、潰れないスーパーのあるところ」と言われますが、よもや地元で起こるとは想像もしなかったことです。要因は、駐車場不足、駐車禁止の強化、近隣に大型スーパー開業などの複合的なものですが、バス路線廃止を指摘する人も少なくありません。上の団地住人も高齢化が進み、日常生活に支障をきたして影響は、深刻そのものです。

奥田住宅団地の行方

厄介なことに、この晩秋に出る耐震調査結果が、この団地の命運を左右するので、団地住民の不安を更に高めています。補強工事をするにしても、改築せざるを得ないにしても、団地住民のみならず地域住民には、中心の衰退は地域の大問題なのです。

調査結果を待って検討することになっていますが、とりあえず商店街の再生を計らなければ、雪崩現象を起こしかねません。私はこの問題を今回の本会議でとりあげました。

商店街の個性化

答えは、スーパーの跡店を普通店舗巾に分割し、改造工事は11月末までに終え、飛騨市神岡の飲食店(焼肉とラーメン)の入居を予定している。商店街としての構成が変わってくるが、今後の商店街づくりは奥田ビル商店街と協議して行く、というものでした。

商売ですから、商業者の自助努力が基本ですが、見通しが立つまでは何としても存続を図らなければなりません。200m内にできるライトレールの新設駅を視野に、中心の空き店舗を官民協力して、特色のある飲食街として売り出すことだ、と私は提唱しています。

投稿者 松本弘行 : 2007年09月21日 18:11