国の行方
北陸にしては穏やかな松の内でした。すがすがしい日差しは、なんとなく明るい一年であることを予想させます。お互いに良い年であることを願っています。私も三ヶ日を、ゆったりと奈良・京都で正月気分を楽しみました。なかでも写経に行った奈良薬師寺で、安田管主の法話が印象に残ります。
恨み、怒り、悲しみはひとがもつ業(ごう)であり、相手を理解し、互いを許し合うことだという仏教の精神を説かれました。が、並の話しとの違いは、それには言葉に出して詫びることを強調されました。すべてに当てはまりませんが、家族や友人、仕事のなかで感情のもつれというささやかな日常の中でも、その実践は難しいことです。けれども、個中心の一神教(キリスト・イスラム)の考えとは異なる「我(が)を抑えて他をも認めあう」という東洋の英知が、あらゆる争いを解決する糸口になることを示唆しています。
飽食の日本
管主のお話しは、今年の漢字「命」から始まりました。生命の根元は水であること、良質な水に恵まれていることで食べ物が確保され、医療の進歩によって世界一の長寿国になれたこと。ただ食べ物の好みが変わって食料の自給率が4割に過ぎず、残り6割が輸入に頼りながらも、かなりなものが捨てられている現実を淡々と話されました。
考えてみれば、コンビニやスーパーの賞味期限の過ぎた食品やホテルのパーティ、朝食や昼食のバイキングなど身近な例をみても容易に想像がつきます。それらが日常化して私たちの感覚がマヒしていることに、今更ながら空恐ろしさを感じます。
食とエネルギー問題
一旦、戦乱に巻きこまれると、人はまず腹を満たすことに費やされます。このことは先の大戦で骨身にしみました。いまやわが国は、自給できるのはコメぐらいで、うどんやソバ、パンの原料もほぼ輸入に頼っています。ウシや豚、鶏の飼料にいたってはなお更です。
2年前から原油の価格が高騰し、家庭暖房用の灯油どころか、エネルギーを使うあらゆる産業におよび、生活にも深刻な影響が出はじめました。中国やインドなどアジア諸国の経済活動が活発化するにしたがいエネルギー資源の争奪が目に見えています。
わが国の現状を考えれば、食料とエネルギーの安定確保は、国の命運がかかるといっても過言でありません。国としても最重要政策として誤ってはならないものです。
実行できるところから
二つの課題に私たちが実行できる共通項を探れば「ムダなくモノを大切に」という極めてシンプルなことに行きつきます。それは半世紀前まで私たちの生活習慣そのものでした。
けれども豊かさと便利さに慣れきった生活をそう簡単に逆もどりはできません。時間がかかっても意識を変えて、身近なところから実行するしかないようです。
私の地元地区では、ふるさとづくり事業の一環として「環境とエネルギー」をテーマに2年間にわたって、問題を理解するために講演や見学会をしています。
初年度の締めくくりとして作家の石川英輔さんを講師にお招きし、江戸のリサイクル社会や環境問題を分かりやすくお話しいただく予定です。ご参加をお待ちいたします。
(2/10 10時 インテックホール 参加無料)
投稿者 松本弘行 : 2007年01月15日 09:24