運河の水辺空間とLRTを活かしたまちづくりに取り組む富山市議会議員・松本弘行のWEBサイト

富山の産業観光と売薬

小泉首相のバクチ的な衆議院選挙は、改革を掲げる自民党の大勝利に終わりました。選挙はやってみないと分からない、と本人は頼むところがあって断行したにしても、結果には内心驚いておられると思います。自民党内の古い体質を切り捨てる荒療治は見事でした。
もともと日和見的だった参院造反議員が早速所信換えを表明しています。今回の経緯を見て、改革しなければならないのは二院制の仕組みかもしれません。憲法改正が問題にされるなら、定数減を前提にした参議院のあり方が問われるべきです。

● 県民性から見た観光と産業観光
富山商工会議所主催の「産業観光めぐり」に参加しました。市民にとって観光とは、せいぜい立山観光(年間集客約百万人)の通過点ぐらいの意識で、もともと県民性として観光で稼ごうということ自体、後ろ向きという見方が強いのです。もっぱら実直に働いて、きびしい冬の生活にそなえようというのが、つい最近までの生活スタイルでした。少子化を目の前にして国あげての観光誘致に、新しい観光資源の発掘が急務になってきました。
産業観光とは、近代化の足跡や地場産業の現場をさぐる体験・学習型の新観光分野といえます。モノづくりのメッカ・トヨタ自動車は有名ですが、実は富山県は日本海側屈指の工業県。今日を築いた企業群や遺構、いきいきした企業に事欠きません。
その代表格に売薬(家庭薬配置業)と製薬があります。先に薬を届けて、後から使った代金を回収して薬を補充していく(先用後利)という、いわば信用掛売りですが、体を掛けて全国を回るだけに現金の回転・回収からいえば効率の悪い商売です。現金掛値なしの越後屋(三越)の近代商法とは対照的に、藩政時代以来の古さを引きずっています。
しかし大正期までの富山の主な稼ぎ手は、この派手さと無縁の売薬でした。山村、漁村はおろか離島まで張り巡らせた得意先網は、どちらかといえば貧困層相手で、それだけに日常の世話も焼き各地の情報を提供し、もみ手をしながらの小銭集めです。売薬さんの家庭生活は質素そのもの。よくも悪くも富山の精神性に影響を与えています。
富山の売薬は、全国津々浦々に知られていてもいわば産業であり、観光でひとを集めるには無理があると思われてきました。

● 地場産業の原点は売薬業
今回の企業めぐりで、つくづく売薬業の果たした役割りの大きさを知りました。コースは廣貫堂からプラスチック容器製造企業、鱒すしの源、大久保発電所へ。樹脂容器は製薬業の需要がきっかけや背景になっていますし、印刷業はもちろん、デザイン分野の健闘も元は売薬図案。もっと驚かされるのは、爪に火をともすような売薬資本の蓄積が、北陸銀行や富山第一銀行をつくり、売薬人の発意でつくられた共立薬業学校が今の富山大学薬学部に発展し、多くの製薬企業に人材を送り込んでいます。なかでも県内第1号の大久保発電所の建設費は、金岡、密田両家の売薬資本であり、富山電灯は北陸電力に発展します。
このように見てきますと金融、電力、教育という富山県の工業化の基礎分野に寄与したのは、他ならぬ売薬業界なのです。富山の位置は分からなくても、売薬だけは知られていますが、それを目当てにくる観光客は未だ少数ですし、業界自体も元気がありません。
観光客の思いは過去への郷愁ですので、それらしい街並みを中心部に工夫し、市域の広がった他の観光素材と連動させる必要があります。
それにも増して地元の私たちが、先人の労苦をしのび、今日の富山市の基礎づくりをした売薬業のPRをしなければならないことを痛感しました。

投稿者 松本弘行 : 2005年09月15日 20:43